新宮市文化複合施設(丹鶴ホール)

はじめに

ホール・図書館・熊野学センターから成る新宮市文化複合施設(丹鶴ホール)は、熊野信仰の中心地として千数百年の長さに渡って、独特な地域文化が育まれている環境の中に位置する。本施設の最大の特徴は、①地域の歴史と自然環境との調和を図りつつ、市民の文化創造活動を支える拠点をつくったこと。②ホールの上に図書館を積層するという文化施設の新たなカタチへの挑戦、の2点です。それを実現したのは山下設計のメンバーと多様な専門家たちとの協働によるシナジーだった。

新宮の固有な地域性と場所性

(篠﨑:以下同)
新宮のまちの魅力ももちろんありますが、このプロジェクトは約7年間というとても長い時間をかけましたので、それがメンバーにものすごい熱量を与えているのではないかと、改めて感じます。笹岡さんは何度も新宮に通われ、設計図の線を引いたわけですが、新宮という街に対してどのような印象を持っていましたか?

(笹岡)
新宮というよりは熊野地方というのは、熊野古道や世界遺産の街として認識していました。一見すると人口もどんどん減っていて、寂しい地方都市みたいに見えるかもしれませんが、丁寧に見ていくと他の街には無い個性的な魅力が沢山あり、かつそれがすごくコンパクトにまとまっているのが特徴だと感じました。

その中で未来に向けて、新宮の持続性を高めるために、このプロジェクトを通じて何かできることはないか、と考え続けていました。

木原さんは設計時に市民ワークショップにも多く関わりましたが、建物が完成し、久しぶりに新宮を訪れてみて、街や建築にどのような印象を持ちましたか?

(木原)
少しお店が更新されていて、何かしら変わった部分もあるけれど、何か言葉に言い表せない、独特な空気感が新宮にはあって、それが全然変わってないのを直感的に感じました。

さらに、この丹鶴ホールができましたが、いい意味でその場所も変わってないと思っていて、新しい風景を作りつつも、どこか懐かしい風景というか、今までの延長にあるものができたと感じています。あの場の空気感が変わってないということが、とてもいい建築ができた証拠なのかなと思っています。

建築とランドスケープの協奏

新宮の独特な地域性・場所性を踏まえ、どのように新しい文化施設を実現していくかがプロジェクトの大きなテーマでした。熊野の自然や文化を調査し、研究・発信する熊野学センターとホール・図書館の3つの機能が複合する計画でしたが、総括の安田さんは、今回のチームビルディングにどのような意図がありましたか?

(安田)
そもそもホールは音響や舞台機構、照明など特殊な技量が必要になり、ここにいる皆さんに協働をお願いしました。いろんな人とやると、いろんな視点をプロジェクトの中に組み込める。デザインにもいろんな視点を反映できるという意味で、協働するメリットを感じていました。

ランドスケープをお願いした吉村さんは、私よりもっと俯瞰的に物を見られていて、かつ建築的な独自の視点を持っている。デザインの元の背景にある考え方が深まっていくと感じました。

(吉村)
僕は歴史とか好きなので、新宮という街は前からよく知っていました。古い遺跡があるようなことも含めて、いろんな文化が折り重なっているようなとこなんだろうなと想像していました。でもなかなか行く機会がないなと思っていたところで今回の話が来たので大変嬉しかったです。
今回の計画地にも実際に折り重なるように文化史跡が出てきたのがとても不思議でした。

新宮市に「僕たちが一番大切にしなきゃいけないことは、史跡を大切に思っているという意志を表すことではないか!」という話をしたところ「その考え方は大変ありがたい、市としてもそうあってほしいと。」という賛同をいただき、大きな方向性が見えてきました。何を作ればいいかっていうよりも何もここから持っていかないし、何もそこに足すこともなく、存在できるようなものができればいいなっていう考えです。

僕はランドスケープデザインとは「場をわきまえて、佇まいを、調えること。」だと思っています。佇まいはプロポーションとかバランスみたいなもの。調えるはピアノの調律の「調」何か新しいものを作るというよりもまさに「調えること」が大切だと思っています。

ランドスケープの視点から見て、丹鶴ホールはどのように映っていますか?

(吉村)
僕はランドスケープデザインって、地と図があるとすれば断然「地」の方が大きくて、そのときに「図」になるものは、できるだけシンプルで人工的な形であるべきだと思います。その意味で丹鶴ホールは、手前のお寺の屋根の勾配と向こうの山の同じような勾配の中に、建築の水平線が差し込まれるような状況とか、風景の中に人工的な形態が投入されていても調和がとれているの状態が、すごくいいなと思っています。

(安田)
調えるっていう思考ではないけど、何か違う異物みたいなのをそこに放り込むというのは結構大事。出発点として。建築はキワモノになってはいけないけど、それが契機になって、何か少し物の見え方とか、考え方が変わってくるというのは大切にしたい。

ホールと図書館の積層が生み出した、新しい文化施設のカタチ

丹鶴ホールの設計は、当初は3棟からなる分棟構成で始まりました。重要遺構の発見などの影響により埋蔵文化財の保存エリアを残しつつ、最終的に建築面積がコンパクトな1棟に統合するという大きな変遷を辿りました。こうした状況でホール・図書館そして熊野学機能を再定義し、1階にホール、図書館を上部に積層するという、普通であれば選ばない構成が生まれました。
ホールの音響設計を担った北村さんにとって、図書館が上に乗るというのは難しい挑戦でしたか?

(北村)
当初は左右非対称な多角形プランが特徴的なホールで3つの棟で構成された案でした。図書館をホールの上に載せる最終案にたどり着くまでは,ホールをいくつも設計しているような感覚でした。

図書館をホール直上に配置する計画は,これまでもこれからもレアケースなのだろうと思います。建築的にどこまで工夫すると騒音や振動がどの程度低減できるかについては十分予測できるのですが,そもそもどのレベルを目指すかについては,比較できる事例が皆無なこともあり,完成後のイメージを予め関係者間に正しく共有するための説明に大変苦労した覚えがあります。

海外では設計に平気で10 年以上かけるホールが少なくありませんが,はなから予定調和を期待せずアイディアもディスカッションも出尽くすまでじっくり取り組むのが建築本来のあり方ではないかと思っています。今回の事業に要した想定外に長い年月は,建築の設計として,結果的に健全で理想的なプロセスであったと感じています。
篠﨑:北村さんは出来上がって最後ご自身も演奏されましたが、いかがでしたか。
北村:それは良いホールでした。とてもとても。音響設計家として、納得できるものができたと思っています。

照明デザインについては、建築側のデザインコンセプトと光の計画の連携が必要になります。丹鶴ホールの外装はいろんな方角に軸線を持っていて、それを岩井さんには図書館の照明計画にも踏襲して頂きました。

(岩井)
照明デザイナーの考え方は人様々ですが、私は、建築家が考えている意匠にのっとった形で照明を考えて、建築家の頭の中にあるイメージを実現していくという過程を大切に考えています。
だから今回も意匠チームの中にあるいろんな考え方、建築をどう見せたいかっていう考え方を理解し、元々の建築のコンセプトや周囲との関係の意味づけみたいなものを入れて、案を作りました。
図書館の照明デザインでは、安田さん達との議論の中で、いくつかの軸線をうまく光の線で表しつつ、かつ、この光の線で照度をとることができたらいいよねという話から、方向性を定めました。シミュレーションを何回もやって、これじゃあ照度がとれないとか、この位置だとこっちが暗くなるとか、そういうことを何回もやり直して、この照明配置を決めました。

(笹岡)
私たちはこの図書館から見える街の風景に主眼を置いていました。設計当時、岩井さんの提案で、外周の回廊型の床を全部白くし、そこへの光のリフテクトを木ルーバーに当てることで、遠くから見たときに街を照らす行燈のように見える計画としました。

(岩井)
街から見ると天井が見えますが、実は天井を見せようと思うときに、下からのアップライトとすると、大体ムラになって失敗することが多いんです。基本的に平面を均一に光らせるには、1回リフレクションさせた光を当てて見せるというのが基本であり、その手法をここに採用しました。

(笹岡)
その光のデザインがとても良く、図書館を最上階に重ねた意匠的な意図と街からこう見えてほしいと思うイメージがぴったり重なっていると感じています。

固有の文化を支え続ける場所づくり

シアターワークショップの伊東さんは、設計だけでなく管理運営の計画でも丹鶴ホールに関わられました。開館から約2年がたち、すごくホールが活用されています。これからの地方都市とホールのあり方について、新宮を通して感じたことはありますか。

(伊東)
時代の傾向として、ホールを持つ文化施設をどう使うかというときに、その全体の面積の中に占めるホールの割合がどんどん小さくなっています。例えばホールというのは発表会とか中央から来るアーティストの講演の場ですけれど、それよりもっと日常的な文化活動の場が必要だとの流れです。練習室の数を増やそうとか、情報センター機能を持とうとか、それ以外の空間がどんどん広がってきている。

同時に図書館がその先駆けだと思うけど、いわゆるサードプレイス。本当に人が集まってくれないと何も起こらないでしょということから、フリーに使えるゾーンをできるだけ広く取りましょうという流れがあります。

何か大きなイベントがあるから行くのではなくて、日常的にみんなが行く場所にしていく作り方をする方が、よりその地域の文化の振興とか底上げには有効だって流れであり、今回は、図書館がいてくれるから日常的に人が来る。それがホールにとってもすごくメリットになっていると思っています。

(安田)
いろいろ可変できる作り方で作ったとしても、「平土間にすることはほとんどないです。」みたいなホールが多いけど、新宮は結構特別な使い方をしてくれています。伊東さんの管理運営ワークショップが良かったのでは?

(笹岡)ホールの使われ方は当初、普通の劇場形式が多分多かったんですけど、だんだん人も集まりやすくなってきて、慣れてきたというか、使いこなせるようになってきた印象があります。先週末も地元の高校生のファッションショーとかをしているみたいなので、今後さらに柔軟に、日常的に使ってくれる気はしています。

(伊東)
施設の構成として、僕はホールの専門だから、ホールを日常的に使うのに地上階にあってありがたいのだけど、図書館の専門家から言ったら、やっぱり図書館は1階だってずいぶん言われていたのでは。でも、僕からすれば、川が見えていて、街に眺望が開けるから図書館が上だよねって思っていました。

(安田)
なぜ図書館を1階にしなかったの?とは言われたけど、現地に行ってみればみなさん、納得していました。

(岩井)
最近は図書館が地域の人々にとってキーの施設になりつつあるので、一番環境の良いところがいいですよね。

(伊東)
日常的に来るのはやっぱり図書館ですよね。眺望が良いとこに来た方が、人が集まりそうですけどね。

(安田)
小さな子供をベビーカーに乗せて、お母さんと一緒に来るじゃないですか。そういうアクセスを考えると、図書館は1階が良いという意見もありますが、図書館が1階にあっても、それで何かすごくいい時間を過ごせますっていうわけではない。上にあげた方が、何か特別な場所になっていて、そこにみんなが行きたくなる。

サードプレイスって結局気持ちの良い場所じゃないと、みんな行かないし、集まらない。家にいるよりも、会社にいるよりも、一番いい場所をみんなが共有するっていうのがまず一番いいような気がします。

これからの地方都市の持続性と文化施設のあり方について、新宮を通して感じたことはありますか。

(安田)
文化施設はどのように使ってくれるかがとても大事。つくったけど使われないような悲しいことになるのは避けたい。この丹鶴ホールで実現したことは、元あった場所を「この地域を俯瞰する場所」と「何かいろんなことができる広場」みたいな場所に置き換えたことなのだけど、そのぐらいゆるい枠組みでつくるというのが結構大事かもしれないと、完成してみて改めて思います。

図書館とかホールとかという機能ではなくて、地域の人のために、こういう何か新しい場が生まれましたということをちゃんと説明できて、本当にそういうふうに使えるみたいな、それが可能性を開いてくというか、その場所にとって大事なものになっていくのだと思います。


株式会社 シアターワークショップ
代表取締役 伊東 正示


株式会社 プレイスメディア
Partner 吉村 純一


株式会社 NHKテクノロジーズ
ファシリティ技術本部
建築ソリューション部 部長
北村 浩一


Lumimedia lab 株式会社
代表取締役 岩井 達弥


株式会社 山下設計
未来環境デザイン室 室長
フェローアーキテクト
安田 俊也


株式会社 山下設計
設計本部 建築設計部門
第3設計部 部長
篠﨑 亮平


株式会社 山下設計
設計本部 建築設計部門
第1設計部 主管
笹岡 歩


株式会社 山下設計
設計本部 建築設計部門
第3設計部 主管
木原 紗知

※所属・役職は2023年10月現在

設計・監理チーム:
塩手博道、堀米里史、小田切哲志、岩﨑正泰、松本泰彦、芹澤彰典、市川卓也、青木龍介、植村潤子、大屋三幸、齋藤忠夫、長﨑聖治