長崎市庁舎 技術編

はじめに

洋館や教会、中華街など異国情緒あふれる長崎市は、16世紀末にポルトガルとの交易が始まって以来、諸外国の文化や先進的な技術を取り入れてきた。その長崎に2022年に竣工した新しい市庁舎は、高さ90m超、延床面積50,000㎡超を誇り、木を感じられる格子フレームで覆われた特徴的な外観が印象的だ。
戦後復興のシンボルであった旧長崎市公会堂跡地に建てられる新庁舎には、長崎市の新しいシンボルとして存在感と大規模庁舎が備えるべき環境性や機能性が求められた。こうした要求に対して意匠・構造・設備が一体となることで生まれる技術的工夫とコストマネジメントによりひとつの解を示した。次の時代の庁舎を模索し、ユニークな骨格で大規模公共建築のZEB Readyを実現した環境建築はどのようにして生まれたのか。技術者に話を聞いた。

新しい時代の要請に応える執務環境

新しい時代の庁舎には、高度化・多様化していく社会的課題に対して職員が柔軟に対応するための執務環境が求められる。旧庁舎は小部屋に区切られ、また各所に分散していたため、他の部署との連携に苦労していた。「分野横断的な対応や課題の解決に取り組むために、ひとつの大きなフロアにさまざまな部署が集まって、状況に応じて柔軟にレイアウトなどを変えられる環境をつくることが必要だった」と、意匠設計担当の大塚は言う。基準階平面の面積が2,100㎡という大きな執務スペースはオープンで見通しも良い。

一方で、超高層庁舎になることによって生じる課題もあった。例えば、旧庁舎は5階建てで暑ければ窓も開けられた。しかし、超高層建築物は風圧や物の飛散などの恐れから同じように窓を設けることは困難である。職員にとってはこれまでの執務環境が大きく変わることになる。そこで、風を取り入れることのできる手法として各階の床面に近い窓下部には自然の風を取り入れることのできる自然換気装置を設置し平面の両端に設けた2層の吹抜けを通して執務空間を横切るように通り抜ける風の流れをつくっている。職員の感覚に寄り添って、気持ちが良いと感じることができる環境を実現した。

また、今回の自然換気システムにおいては、建築デザインを尊重しながら快適な執務環境を実現するため、さまざまなアイディアを出し合った。 「自然換気のポテンシャルを最大限に生かすのであれば、技術的に全自動で多くをセンシングしてオート換気することは実現可能ですが、換気制御システムの導入はイニシャルコストの負担が大きくなります。また、20年後にはセンサーや駆動部の更新も必要となり、ライフサイクルコスト(以下、LCC)が悪くなる。そこで利用者に操作してもらうことで、満足度を上げていけるシステムを目指しました。窓を開けて自然の風を感じたい時ってありますよね。」と語るのは機械設備設計の担当であった光永だ。現在、彼は明治大学の建築学科で建築設備・給排水衛生設備を中心に研究・教鞭をとっている。在職期間中は設計・監理に勤しみながらも、同僚の後押しを受けて博士(工学)を取得した。

外殻ワッフル構造が実現する環境・防災性能

昨今の多くの建物がそうであるように、長崎市庁舎も社会的要請として脱炭素・省エネ化が求められていた。その一つの指標になったのが、冒頭で触れたZEB認証の取得だ。従来の建物に必要なエネルギー量の基準値から、どれだけ省エネ化しているのかを示す指標で、本プロジェクトでは50%の削減を目標とするZEB Readyの認証を目指した。そのためには意匠設計だけではなく、構造、電気、機械設備のさまざまな観点から技術的な工夫を凝らしていくことが重要になる。

構造技術では、木質系材料であるCLT(直交集成板=Cross Laminated Timber)パネルとRCで構築する外殻ワッフル構造の導入が挙げられる。長崎の県産材を利用し、トレーサビリティにも配慮したCLTパネルは、構造躯体にも使える強度や断熱性、遮炎性、遮熱性、遮音性などの複合的な効果が期待できる素材。外殻ワッフル構造と組み合わせることで、超高層の免震構造を支える重要な材となった。さらに、今回は300㎥、約600枚のCLTパネルの使用で200tほどのCO2の固定化を実現し、地震力の約30-40%を負担。RCと合わせて約80%の地震力の負担ができる優秀な素材だ。

この外殻ワッフル構造は、建物の南北面に設えられている。通常オフィスは、6.4mのグリッドで構成することが多いが、その半分のピッチで柱を入れていった。また階高は、比較的低めの3,990mm。そこから、三分割した1,330mmのピッチで梁を入れていく。これが外殻ワッフル構造の骨組みとなった。
構造的に環境性能を高めるポイントは、RCの躯体形状にもある。800mmせり出したRCの構造体は軒や袖壁のように機能し、日射を遮蔽する。コンクリート面で反射する光を利用して建物内部に光を届けることも副次的な効果として有効だ。

「計画当時は、免震構造の超高層が増え始めていた時期でした。免震構造は免震層の柔らかい部分が大きく変形して地震の揺れを吸収する構造形式なので、免震装置が建物に対して柔らかくないと機能しません。建物が高層化していくと建物自体が柔らかくなるので、建物の剛性を強化しないと免震の効果が生きてこない。だからこそ、鉄筋コンクリートの柱梁を一般的なピッチよりも細かく入れていくことが非常に有効に働きます。そして、そこにCLTパネルがはめ込まれることで、建物の剛性がさらに上がるので相乗効果が期待できます。構造的な超高層の免震構造への対応と、木質素材の活用による環境配慮が上手く合致した好例ですね。」と構造担当の小俵は説明する。

続けて、「木材を使うことには、いろいろな効果があります。構造的な優位性に加え、木が内装として現れることで生まれる温かみのある執務環境は職員の健康や知的生産性を向上させること、社会的な啓蒙など、複合的な効果がある素材のため、建物に効果的に取り入れたいと考えていました。」と大塚も語る。構造が意匠と密接に結びつき、環境性能の面でも優れた庁舎となった。

分野をつなぐBIMの有効性

構造と意匠が一体的なデザインとして実現できたのは、3次元でリアルタイムにモデリングができるBIMを導入したこともポイントだった。本プロジェクトは意匠や構造が特殊であるだけでなく、機械・電気設備も超高層の基準階をどのように設計していくのか、さまざまな分野を横断的に考えると同時に、視覚的にも検証していきたいという思いがあった。「機械・電気設備の分野では、BIMの利用はチャレンジでした。使い方の試行錯誤から建築のモデルを使った配管・配線、ケーブルラックの納まりの検討を行いました。」と機械設備担当の青木は当時を振り返る。10フロア分ある基準階の天井設備の納まりをできるだけ合理化することで階高を下げつつ、意匠・構造と連携を取りながら空間の広さ・質を確保しようと努めていった。

加えて、さまざまな設備のレイアウトにもBIMが有効利用できたという。天井には輻射パネルが一定の間隔で配置され、その間に必要な設備(照明設備・スプリンクラー・火災報知器など)をまとめた幅220mmの設備プレートが並んでいる。「結果的に、BIMのおかげでこうした細やかな検討ができました。2次元の図面だけではわからなかったですね。」と電気設備を担当した大川は語る。こうした分野を横断した設計を行うことで、ZEB認証の取得をより現実的な目標にすることができたのだ。

大規模庁舎のZEB化の実現へ向けて

大規模庁舎のZEB化実現のために、省エネ技術を一覧化したチェックシートを用いて採否を検討していく中で新たな課題が生じる。それがコストコントロールである。ZEBの目標を達成するためには、最も環境負荷の高い建物の外皮性能を上げることが大切だ。今回、外殻ワッフル構造によって日射を遮り、外皮性能が上がった。これで環境面ではクリアできたのだが、このままではイニシャルコストは一般的な構造の庁舎に比べて高くなるため、クライアントが納得できる説明を行う必要があった。ZEB認証の取得を目指した時のプラスのコストを算出し、LCC(ライフサイクルコスト)を軸に提案を行ったという。

まず外気導入制御は、庁舎内にあるさまざまな執務空間のうち普段は使用しない空間があることと、執務者は庁舎内を移動しながら業務することに着目して、基準階の上下階にセントラル化した外調機を配置し、外気を基準階へ共通して導入させた。これにより外調機の処理風量を、各室での必要外気量を単純に合計した場合と比較して大幅に低減できた。次に照明計画では、執務スペースには照度センサーを入れて無駄な照明エネルギーを削減。倉庫やトイレには人感センサーを設置し、共用部分はスケジュールの制御によって時間ごとの節電・省エネ。加えてタスクアンビエント照明方式を積極的に導入し、通常750Lxの照度設定を500Lxとし、暗いと感じる場合にはデスクライトを適宜使うことで照度確保と省エネ化を両立した。こうした技術の積み重ねで、運用段階を含めたコストメリットを提示できた。

ZEB化のためにはイニシャルコストが上昇する傾向であり、これらの実現のためには建築主の協力的な姿勢がかかせない。LCCを試算して丁寧に説明することや、運用方法を相互に理解しながら、建築主とともにZEB Readyを達成した。現在、ZEBの評価値と実際の効果を比べるためのメーターを設置し、検証を行っている。今後は実際の利用状況と照合しながらチューニングを行い、長く使われる庁舎を目指していく。

これからの公共建築のあり方

竣工後には予想以上に多くの市民の方々が集まって、公共建築としての役割を十二分に発揮することができた。まちの新たなランドマークとして市民に受け入れられた証だろう。ただ、多くの人が集まることで今後のエネルギー消費の動向に注視が必要と考えた。こうした中で、「さまざまな状況を考慮しつつ竣工後のコミッショニングも重要」と青木は先を見据えている。

2023年現在では、公共建築だけではなく多くのオフィスビルのスタンダードになったZEB認証の取得。こうした環境配慮の社会的要請によって、ZEBの取得の技術は一般化してきた。そして今後、「2050年のカーボンニュートラル化に向けて、すべての建物がZEBを当然とする社会の醸成が必要だ」と光永は言う。建築主と共に更なる省エネ性能、技術を実現することによって、新しい時代を切り拓いていくことができるのだろう。

最後に、大塚はこう付け加えた。「公共建築・庁舎としての社会的要請は共通しているものも多いですが、同じ庁舎はひとつもありません。それぞれの地域、自治体ならではのニーズ、これに対するオリジナルの建築のあり方があると思います。培った経験を生かして、地域に根差したアプローチを、今後も考えていきたいです。」これからも社会のニーズに誠実に応えながら、地域に愛される公共建築を目指して新しい価値を創り出していく。


明治大学
理工学部 建築学科
専任講師 光永 威彦
(2008年4月~2020年3月)株式会社 山下設計
設計本部 技術設計部門
機械設備設計部


株式会社 山下設計
設計本部 建築設計部門
第2設計部 主管
大塚 直


株式会社 山下設計
設計本部 技術設計部門
構造設計部 主管
小俵 慶太


株式会社 山下設計
設計本部 技術設計部門
機械設備設計部 主任
青木 寿亘


株式会社 山下設計
設計本部 技術設計部門
電気設備設計部 グループ長
ZEB推進担当 大川 守

※所属・役職は2023年10月現在

設計・監理チーム:
筬島亮、鷹箸寿昭、山口直希、山﨑貴幸、塩手博道、阪上浩二、山縣信一郎、森大、市川卓也、中澤大、河瀬浩、神山優磨、植村潤子、栂野佐和子、山中隆史